2013年特集-100年後もなくてはならぬ企業であるために
2. 未来を拓く基礎研究
アジア3地域にモーター基礎技術研究所を開設
30年先、50年先、そして100年先にはどういう製品が求められるのでしょうか? 日本電産グループは、時代が求めるニーズに対応できる技術基盤を確立するために、2012年度から2013年度にかけて日本、シンガポール、台湾にモーター基礎技術研究所を開設します。その3カ所を統轄する所長の福永が開設の背景と目的、特色などについて語ります。
「製品でNo.1」から「研究開発でもNo.1」の企業へ
変化の時代に対応できる研究機関として
Q.モーター基礎技術研究所はどのような研究を行うのでしょうか。
福永 日本電産は、モータを中心とする「回るもの、動くもの」に特化し、精密小型モータに関するあらゆる技術を追求してきました。これまでの40年間は、パソコン用、OA機器用、自動車用などとターゲット市場を決め、各市場のお客様が具体的に求める技術レベルに応じた製品を供給することに力を尽くしてきました。こうしたお客様の個別ニーズに対応する技術開発を最重視する姿勢はこれからも変わりません。引き続き当社の各技術開発拠点がその責務を担います。 一方新設するモーター基礎技術研究所が担う基礎研究は、既存の製品、既存の市場、既存の事業にとらわれません。製品 化に導く応用研究まで含み、あらゆる製品や製造プロセスに普遍的に求められるであろう技術、また未来の社会になくては ならない製品を予想し、そこに求められるに違いない技術を蓄積していくことから始まります。つまり「未来に価値を生むテクノストック(技術資産)」を築く拠点として開設したものです。
Q.なぜ今、基礎研究が必要なのですか。
福永 過去を振り返りながら未来を考えてみましょう。1776年の蒸気機関の発明で始まったとされる工業社会には基盤と なるいくつかの技術がありますが、それら中核技術が飛躍的な進歩を遂げたとき、社会が大きく変わったという歴史があり ます。動力、そしてITという中核技術の進歩について見てみると、それらの劇的なターニングポイントは過去3回、それぞれ周期的に起こったことがわかります。動力について言えば、蒸気機関によって画期的な動力源を獲得した人類は、1890年頃 モータによって動力を分散させる力を、1950年頃計算機によって動力を制御する力を得ました。そして2010年頃より分散型電源(注1)など動力源自体の分散に焦点があたる時代に入ったと考えています。これらの変革はおよそ60年周期で起こってい ます。計算機に始まるITの波については、初期の大型計算機のあと、1980年頃のパソコン、1995年頃のインターネット、2010年頃のクラウド化など、こちらはおよそ15年周期で大きな変革がありました。情報社会論による歴史的類推などから、私は2010年頃を境に、新しい社会基盤となるものが生まれる大きな変革期に突入していると考えています。例えば今後、分散型電源が可能にするモビリティ社会(注2)の広がりが考えられます。 過去に社会基盤が大きく変わったときを振り返ると、一番に参入したものの多くがリーダーとなり、リーダーとなったものの多くが果実を得てきました。19世紀には蒸気タービンが生まれたイギリスが世界をリードしました。30数年前のパソコン誕生の際は米国西海岸が世界を変えたといっていいでしょう。 まだ見えない新しい社会の要請にすばやく反応するためには基礎技術を徹底的に追求する研究所と既存の技術開発拠 点が連携する研究開発体制を今から作り上げていく必要があるのです。
※1 分散型電源 電力会社の大規模集中発電に対して、需要地の中ないし近くにある小規模な発電設備。 ※2 分散型電源が可能にするモビリティ社会 持ち運びできる現在の電気製品は基本的に事前の充電を行うか電源との距離を限定した移動に制限する必要がある。しかし、製品自体が発電機能を持てば、充電や電源との距離を意識せず自由に移動させることができる。そういった電気製品が社会の多くの部分で利用されている状態。
ネットワーク型・融合型の新しいスタイル
Q.日本、シンガポール、台湾に開設したのはなぜですか。
福永 経済分野でアジアが大きく台頭してきたように研究開発分野でも今後アジアが世界の成長の牽引力となる可能性が高いですね。アジアの中で、シンガポールも台湾もテクノロジーの集積地としてすでに存在感を発揮していて、世界レベルのテクノパークが存在しています。地理的、文化的、そして価値観においても異質な地でありながら、航空便が多く行き来しやすい。多様性と利便性の釣り合いがちょうど良いのです。
Q.その三極体制から生まれる新しい研究開発にはどんな特徴がありますか。
福永 ネットワーク型、融合型ですね。世界の研究開発における現在のキーワードのひとつが「融合型研究」です。「融合」はさまざまな意味合いを持ちます。組織と組織が真に融合しシナジーを生むこと、そして技術と技術をつなげて新しい価値を創造することも意味します。 20世紀は無から有を生む発明・発見の世紀としてスタートしましたが、技術が細分化するにつれてだんだん実社会の役 に立たない「研究のための研究」も目立つようになりました。これに対し私たちは、広い視野から研究テーマを定め、世界にすでに無数にあるテクノロジーから有効なものを見つけ出し、優位性をもつ自社のテクノストックとつなげて発展させ、製品に仕上げるというスタイルが効率的だと考えています。これを20世紀の「解析型」に対比して「融合型研究」と呼び、私たちはこのスタイルを追求していきます。 では、どうやって無数にあるテーマから最適なものを選択するのでしょうか?それを見出すのが研究者ネットワークです。異分野の研究者が多数集うオープンな産官学連携ネットワークの一員として共に研究し議論することでいろいろ情報が入っ てきます。日本、シンガポール、台湾という三極が違った場所にあることで情報はさらに多様になります。それぞれの地で他企業、行政機関、大学の研究者がつながるクラスター(集まり)ができることで、多種多様な情報から新しい芽が次々と産み出されていきます。「ネットワーク型」であるということが最大の特徴といえます。
未知の分野に挑戦する企業に未来がある
Q.最後に、100年後も必要とされる企業の条件としての目標を聞かせてください。
福永 3、4年前、ダーウィン生誕200年を祝う集いがありましたね。先ほど話したように、今、私たちは、新しい社会基盤が生まれる変革期を迎えようとしていると考えています。変革期を生き残るのは強さに安住して現状にとどまっている恐竜ではなく、しなやかに変革を続ける「種」なのです。 日本電産には創業理念が語られた冊子「挑戦への道」があり、社員全員に一冊ずつ配布して繰り返し読む場を設けています。理念は「種」にとっての遺伝子といえるでしょう。理念に寄り添い、いつの時代にも価値ある製品を形づくる力を備え ている限り、時代に必要とされる「種」としていつまでも活躍し続けられると思います。 優位性を持つ技術をさらに高め、社会ニーズをいち早く形にし、市場自体をも創出すること。その結果社会から必要とされる会社であり続けること。こういった目標を体現する「研究開発でもNo.1」企業を目指していきます。
VOICE<社員の声>
未来を豊かにする製品の研究を目標に
日本電産シンガポールモーター基礎技術研究所でロボット用途に適したモータの研究を担当しています。日本電産の主要製品である小型モータは将来様々なロボットの重要パーツになると期待できます。当社が培ってきた軽薄短小技術、省電力技術に磨きをかけ、その究極である「どんな所にでも探索に行けるマイクロロボットに搭載可能なモータ及び制御モジュール(注3)の研究」にも挑戦したいと考えています。ロボットが生活に溶け込み人々の暮らしを豊かにしてくれる将来を夢見て、そのような社会の発展に私たちの研究が役立つことを願い、日々研究に取り組んでいます。
※3 モジュール いくつかの部品的機能を集め、まとまりのある機能を持った部品。